インゲンマメざまぁwwwww
2016 / 05 / 08
ー競争?共存? 隣り合う日本橋と中国橋ー
カンボジアの首都プノンペンを流れるトンレサップ川に「日本橋」と呼ばれる古い橋が架かっている。1963年に日本の資金協力でできた。だが最近、そのすぐ隣に『中国橋』ができた。競い合うように並ぶ二つの橋。いったい、どんな事情があるのか。(佐々木学)
日本橋の正式名称はチュルイ・チョンバー橋。市中心部と開発が進む東部とを結ぶ重要な橋。タクシー運転手のポブ・リンダ(36)は「以前は日本橋しかなくて渋滞がひどかった。中国橋が隣にでき、上りと下りが分かれたので、通行がスムーズになった」と喜ぶ。「日本も中国もどっちも大事。カンボジアはまだ貧しいから、どっちの支援も歓迎だ」と言う。
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(・・;) 記事の内容とは関係ありませんが、
カンボジアに造られた2つの橋脚を見比べてみると?!日本橋は直線 ⇔ 中国橋は曲線。していた。
(・・? 意外な事に、日本へアーチ状の橋脚をした「曲線橋」が普及したのは新しい出来事だと云われています。
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1643年に石造アーチ状の眼鏡橋 (メガネばし) が造られた。
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1673年に木造アーチ状の錦帯橋 (キンタイきょう) が造られた。
そして、石造のと木造の は同じ共通店があり、中国 / 明の僧侶と関係しているようです。
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は、長崎市の中島川に架かる石造二連アーチ橋で架橋時で、日本初の石造りのアーチ橋。
1634 (寛永11) 年、中国から来日して興福寺の2代目住職となった によって架けられた。
は中島川の氾濫のたびに橋が流失されるのを見かねて、中国から石工を呼び寄せて眼鏡橋を建造させたといわれている。
は、明末清初に来日した中国の禅僧。
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そして、 のエピソードには、こんな お話があります。
中国政府が明清交替 (政権交代) に移る時代、中国浙江省杭州市から、が清朝を嫌って日本 / 長崎に渡った。
最初は、長崎で名医として知られた独立禅師は、周防国・岩国藩の三代目・吉川広嘉の病気治療ため岩国を訪れました。
当時、長大な洪水にも耐える岩国城と城下町を結ぶ『橋』を必要としていました。岩国の錦川に架かる真っ直ぐな橋は何度も崩壊、流失を繰り返していた。
独立禅師が持ってきた白居易の絵 (え) には、川に『アーチ』で橋脚を結ぶという当時の常識を超える画期的な構想が描かれていました。そこで吉川広嘉は、杭州・白堤の錦帯橋をヒントに、岩国にも同名の『錦帯橋』を造る決心をしました。その後、岩国の錦帯橋は木の橋として世界的に珍しい橋となった。
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石造の眼鏡橋 (メガネばし) を設計したと云われる黙子如定 (モスクにょじょう) と、木造の錦帯橋 (キンタイきょう) のヒントを与えた独立 (どくりゅう) 禅師は、中国政府が明清交替 (政権交代) に移る時代に長崎にやって来た僧侶で、政治的亡命者であったとも云われています。
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「曲線橋」のほか、ラーメンとインゲン豆も同時期に日本にやって来ました。その 曲線橋とラーメンとインゲン豆、日本への玄関口は同じ長崎から普及しているといいます。
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もも中国では同じ臨済宗黄檗派の禅僧であったが、鎌倉時代ころから日本に普及していた臨済宗とはタイプが違っていたので日本では臨済 (りんざい) 宗ではなく黄檗 (おうばく) 宗と呼ばれるようになったようです。
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黙子如定 (モスクにょじょう) は長崎の興福寺に入寺し、後ほど 隠元隆g (インゲンりゅうき) の招致運動を援助した。
隠元隆g (インゲンりゅうき) は、中国・明代の万暦20年(1592年)、福建省福州府に生まれた。29歳で仏門に入り、46歳の時、故郷の黄檗山萬福寺の住職となる。隠元は当時中国においても高名な僧で、その名声は日本にも届いていた。
隠元隆g (インゲンりゅうき) が明代の福建省福州府から招かれて来日するのは1654年(順治11年、承応3年)、63歳の時である。
万治元年(1658年)に隠元は江戸へおもむき、4代将軍・徳川家綱に拝謁している。家綱も隠元に帰依し、幕府によつて山城国宇治 (現・京都府宇治市) に土地が与えられ、隠元のために新しい寺が建てられることになった。寺の名前は、故郷・福州の寺と同名の黄檗山萬福寺と名付けられた。 *江戸時代の事である。
隠元隆g (インゲンりゅうき) は、京都府宇治市にある黄檗 (おうばく) 宗の寺院。万福寺 / 萬福寺 (まんぷくじ) の本店を建てた。
京都府宇治市には、黄檗 (おうばく) 駅があるといいます。
黄檗 (おうばく) 宗は 日本の仏教各派の中では新しく、黄檗宗の中心寺院で、明の僧・隠元 (いんげん) を開山に請じて建てられた中国色をした宗派。日本の一般的な仏教寺院とは異なった景観を有するようです。
インゲン豆は、明の僧・隠元隆g (インゲンりゅうき) の名に由来するという。
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小田急・百合丘駅のとなりに、小田急・新百合丘駅がある。しかしその住所は、神奈川県川崎市麻生区万福寺になっています。
その、新百合丘という駅名は「あだ名」で⇔『本名』は万福寺 / 萬福寺 (まんぷくじ) なのかもしれません。
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内容は飛んでいますが、
日本初の曲線橋は長崎県のと云われていますが、沖縄県にも石造の曲線橋があります。
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1502年 / 中国は明代 / 日本は室町時代
天女 (てんにょ) 橋は、沖縄県の首里城北側の円鑑池に架かる石造アーチ橋で、円鑑池の中島にある弁財天堂へ渡る橋。1502年 (尚真王26年) に造られた日本に現存する最古の石造アーチ橋。と云われています。
は誰が造ったのかは? 解っていませんが、中国南部にも同様な造りの曲線橋が複数見られる事から中国系の人が設計した橋だと思われます。そして、 は日本最古の現存する曲線橋で国の重要文化財に指定されています。
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昭和の初め頃まで、
長虹堤 (ちょうこうてい) という曲線橋がありました。
長虹堤 (ちょうこうてい) は全長約1キロメートルの堤防と橋からなる海中道路で、浮島 (那覇の港) と首里とを結びました。
1450 (景泰元) 年に琉球国王に即位した尚金福 王は1451年、翌年の冊封使を迎えるにあたり那覇島 (浮島) と沖縄島 (首里の都) とを結ぶ長虹堤 (ちょうこうてい) の建設を決め、当時の宰相・懐機 (かいき) に下命した。
長虹堤 (ちょうこうてい) の建設を担当した宰相・懐機 (かいき) は、浮島 = 那覇の久米村に住む中国人 ≒ 客家 (はっか) 人でした。
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『ぶらタモリの番組』でも長虹堤 (ちょうこうてい) について上映されたようです。
・八景「長虹秋霽」でも長虹堤 (ちょうこうてい) はアーチ状に描かれているようです。
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ところ変わって、
東京都にある日本橋。
(・・;) なんだか?!
日本橋も中国橋の造りに?
言ってしまうと
ますます興味深いインゲンマメ♪
こんにちは〜
昨日までの天気と違って今日は太陽がサンサンと輝いてます。
洗濯物もカラッと乾きそうなので、朝から洗濯機はフル稼働です。
気温も高くて22度以上はありそうな感じでした。
昨日、一昨日と2連休だったので、もう体はすっきりしてて、とても軽いです
特別な事は何もせず、気が向いたら部屋の掃除をしたり、疲れたらTVを見たり、そして又台所へ行って万能だれを補充したりしていました。
昨日作った万能だれは、「万能だし醤油」「照り焼きのたれ」「塩だれ」「葉野菜の胡麻ドレッシング」
万能だし醤油はちょっと多い目に作ったので、ハチミツが入っていた容器に入れました。容器が変わってもネームプレートだから便利です。
万能だれのネームプレートのお話はこちらね↓
これだけ作っても、さほど時間はかからないんだけど、面倒だなぁ〜って思うときもあります。でもコレがあれば、忙しいときにどれほど助かるか身に染みてわかっているので、お休みの日は必ず補充しているんですよ。
そしてかなり早い目の晩御飯。なんと17時に食べたんですよ。
またまたホルモン焼き(笑)
せっかく手の込んだ料理を作ろうと思ったのに、リクエストだから仕方がないですねぇ〜。
山形牛のホルモンと、金華豚のカルビと、トントロです。
金華豚って初めて食べたんだけど、なんか豚肉とは思えないしっかりとした肉質でちょっと驚きでした。
色んなブランド豚を食べたいと思って見つけたら買っているんだけど、今のところ、やはり沖縄で食べた『アグー』という豚肉が一番かな?
アグーの脂身ってサクサクしてて油がめちゃくちゃ美味しいんですよ。
又食べたいなぁ〜
そしてサラダはありあわせの野菜で作りました。
今はキャベツもレタスもサラダ菜もミズナも何も無いからね〜
使った野菜は、赤タマネギ、インゲンマメ、コカブ、セロリ、赤ピーマン、スティックブロッコリーです。
コカブは海水程度の塩水にしばらく漬けておいてしんなりさせて、インゲンマメは塩茹でしています。
ドレッシングは、昨日作っておいた「葉野菜のゴマドレッシング」
特に水菜に合うドレッシングなんですが、お刺身にも合うし、他の野菜にも合う万能ドレッシングで、私が一番好きなドレッシングです。
このメニューで、まだ外が明るいうちに、ホルモンを焼いてチビチビ呑むのは最高に幸せなんですよね〜。
『外がまだ明るい』というのが最大のポイントです。
そしてもっとお酒が美味しく飲めるように作ったのが今日のレシピ。
クリームチーズの和風おつまみです。
クリームチーズにカツオ節+醤油という食べ方は意外と美味しくて大好きなんですが、今が旬の「釜揚げしらす」と「しめじ」を入れるとさらに美味しいんじゃないかなぁ〜っと思って試してみたところ、想像以上に美味しくて自分でもビックリでした。
ビールにも日本酒にも焼酎にも合いそうなおつまみです。
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クリームチーズの和風おつまみ
【材料】
クリームチーズ・・・50g
しめじ・・・50g
釜揚げしらす・・・20g
酒・・・小さじ1
カツオ節・・・適量
醤油・・・適量
【作り方】
@クリームチーズは1センチ角に切り、しめじは石突をとってほぐしておきます。
Aほぐしたシメジを耐熱容器に入れ酒をふりかけラップをしレンジ500wで40秒程度しんなりするまで加熱し、冷ましておきます。
Bお皿にクリームチーズとシメジを盛り、その上に釜揚げしらす、かつお節を乗せ完成です。お醤油をかけてどうぞ♪
↑レシピのまとめ&印刷はこちらをクリックしてくださいね〜☆(クックパッドとリンクしています)
携帯から見られる場合は、反映するまで数日程度かかる場合があります。
1人でこの2倍は食べられそうなくらいです。
ちょっとだけ後悔したのは、これを「生春巻き」に巻いて食べたほうがさらに美味しかったんじゃないかなぁ〜っと思ったこと。
次回食べる時は生春巻きで巻いて食べてみようと思います。
クリームチーズ好きにはたまらない、和風のおつまみ。
間違いなくはまりますよ〜お酒のあてにぜひどうぞ
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