第三部 第一話 新装オープン
(8)
さて。そろそろ核心に突っ込むか。
「でね。ジョンソンさんが小林さんと私に提案をしたのは、
ボランティアをここで受け入れられないか、なんですよ」
「ボランティア、ですか」
「はい。残念ながら、私はバイト代すら払える見通しがあり
ません。労働の対価を払えないのに、働いてくれとは言えな
いんです」
「ええ」
「でもね、お嬢さんがご実家以外の逃げ場所を探しているな
ら、それは提供することが出来ます」
岸野さんが、そうかそうだったのかという納得顔で大きく頷
いた。
俺は、未だにゾンビ状態の愛美さんに話しかける。
返事が来ることは期待していないけど、一応ね。
「愛美さん。あなたは、親から二択を迫られている。すぐに
学生もしくは社会人としての訓練を始めるか、家を出て自立
支援施設に入所するか」
リアクションなし。相変わらずだんまりだ。
だが表情が切羽詰まっている。まあ、そうだわな。
「あなたが実家に逃げ込んで現実逃避している間に、あなた
はすっかり浦島太郎になってしまった。それをこれからも続
けると、あなたの周りには誰もいなくなります。誰も、ね。
それでいいんですか?」
俺は人差し指を突き出して、俯いていた娘の顔を強制的に押
し上げ、覗き込んだ。
「ねえ、愛美さん。あなたは、ジョンソン所長が厚意であな
たのサポートをしてくれてると思っていませんか?」
「あの、違う……んですか?」
お父さんが、激しく狼狽している。
「違いますよ。ジョンソン所長は、正義感が強くヒューマニ
ティ溢れる素晴らしい人です。でもね、決して博愛家ではな
い。彼は、ビジネスには恐ろしいほどシビアなんです」
「あの、それはどういう意味……」
「ジョンソン所長は、探偵業を始めるまで職業軍人でした。
中東での軍務経験があり、最前線で命がけの戦闘に身を投じ
ていた。愛だの友情だの信頼だの、そういうのが一切通用し
ないところでいかに自分と同僚が生き残るか。そういう修羅
場を経験している人なんですよ」
し……ん。事務室の中が一瞬で無音になった。
小林さんのご一家は、フレディの気さくで明るい部分しか見
ていなかったんだろう。
「ですから所長は、除隊して硝煙の匂いと無縁の世界に戻っ
たあとも恐ろしく用心深いんです。危険から遠ざかるという
本能を、いついかなる時も決して鈍らせない」
「は……あ」
「当然、所長は探偵業を始めてから今に至るまで、一貫して
その本能を最優先しています。だから、決してヤバい山には
手を出さないんです。小林さんの案件は、その例外もいいと
こなんですよ」
「ヤバい山……ってのは、あの……」
「ヤクザの絡んだ案件ですよ。そしてね」
ゲストの面々に向かって、ぐんと顔を突き出す。
「それは、ジョンソン所長だけじゃない。私たち探偵業を営
むものには共通。同業者が揃って必ず忌避する、最重要ポイ
ントなんです」
「じゃあ、絡んでしまった私たちはどうすれば!」
「警察に行ってくれ……どの探偵社でも同じアドバイスをす
るでしょう。私たちは何でも屋ではありません。探偵の仕事
は探ること。隠された事実を明らかにするのが私たちの業務
なんです」
俺は、室内をぐるりと見渡した。
小林さんたちが俺の視線を追った。
「ここがもし警察なら、防護服があり、警棒があり、拳銃が
あり、手錠があり、無線機があり。自衛と逮捕に必要なもの
が全て揃っているはず。でもここはただの事務室です」
「そうですね」
「先ほど私が列記した武器や防護に関するものなんか、どこ
を探しても何一つありません。それが何を意味するか、分か
りますよね?」
それを、何度も念押ししておかなければならない。
フレディが自ら大きなリスクを負ったこと。
それが、どれほど異常な事態だったかと言うことをね。
あれは、探偵としての義務ではないんだ。
あくまでも、フレディの善意の象徴。
俺たちに求められるべきことではないんだよ!
(アメジストセージ)
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